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自分育てエッセイ


●子供の特性をよく見よう● 2004/12/08

友人の3歳の息子さんはサッカー教室に通っています。
ある時、その息子さんがサッカーの試合で何度もゴールを決めて大活躍をしました。
お母さんはそれはそれは喜び、息子さんに「すごいねー!よくやったねー!」と沢山褒めてあげたそうです。
そして家に帰ってからもお父さんに「○○ちゃんは、今日すごかったんだよ!」と報告し、その後も「次も頑張ろうね」と励ましていたそうです。

さて翌週になって、息子さんはまたサッカーに行きました。
ところが、この日は全くゴールが出来ないばかりか、ゴールしようという気すらもない様子。
ゴールどころか、ボールを追う、走るなど全てにおいてやる気のない感じの動きになってしまいました。

さらにその翌週、サッカーに行こうとすると、「嫌だ!行かない!」と言いはじめました。
そして、ついにはサッカー教室に行くこと自体に拒否反応を示し、行かなくなってしまったそうなのです。

「ゴールを何度も決めてあんなにすごかったのに、どうして行きたくなくなっちゃったんだろう....」
友人が悩んでいたちょうどその時、カウンセラーの先生がいらっしゃったので、その息子さんに何が起こったのかを尋ねてみました。

カウンセラーの先生はこうおっしゃいました。
「息子さんをたくさん褒めてあげたって言うけれど、その褒め言葉の中で息子さんにどんなメッセージを伝えていた?
『もっと頑張れ!』『次も期待してるよ!』って無言のメッセージを送っていたんじゃない?
そんなプレッシャーを与えられたら、子供は苦しくなって逃げるしかないよね?」

この話はガツーンと私の胸を打ちました。
ああ、そうだ。私も同じことをやって子供にプレッシャーを与えているなぁと。

うちにも3歳4ヶ月の息子がいます。
まだお絵描きも上手くできず、殴り描きしかできない息子なのですが、ある時たまたま明らかに線路だと分かる絵を描きました。
今まで形になったものを描いたことのない息子が線路を描いたのですから、それを見た私は本当にビックリして、
「うわーっ!上手に描けたねー!ほら、お父さん、見て見て!」
と夫にも見せて2人で褒めちぎりました。

ところが、これ以来、息子は線路を描くことはしなくなったばかりか、お絵描きをしようと言うと、
「イヤ!描けない!おかーさん描いて!」
と拒否するようになってしまったのです。

同じことがトイレトレーニングでもありました。
一度だけ、たまたまトイレでウンチが出たことがあり、それはそれは褒めまくりました。
こうやって褒めれば、今度もまた「トイレでやろう」という気になるかと思ってたのですが.....

結果は、、、、

やる気を奮い立たせるどころか、息子は萎縮してしまって、その後しばらくはトイレに寄り付こうともしませんでした。
過度に褒めたことがプレッシャーになっていたことは明らかです。

「よく出来たねー!」という私の言葉の裏にある「モット、ウマクカケルヨネ?」「コレカラハ、トイレデ デキルヨネ?」という無言のメッセージ。
私が発した「モット ガンバレ」オーラが与えたプレッシャーから逃げるには、彼は「絵を描かない」「トイレに行かない」という選択をとるしかなかったのですね。

子供にはいろんなタイプの子がいます。
上記の例では当てはまらない子供だっていっぱいいるはずです。
むしろ、褒められると「もっと頑張ろう!」と意欲が湧く子の方が多いぐらいでしょうね。
でもそういう子ばかりではなく、友達の息子さんやうちの息子のように、過度に褒められるとそれがプレッシャーになってしまう繊細な子供だっているんですよね。

自分の子供はどういう子かな?
この子に合った関わり方ができているかな?

子育てはマニュアルに従うことではないし、他人から聞いた話を我が子に当てはめて実践することでもない。
自分の目で子供自身をしっかり見ることなんだと思います。




●子供の勘を育てよう● 2004/09/24

現代人の生活が物質的にどんどん豊かに、便利になるにつれ、また少子化で親が過干渉になるにつれ、子供の勘がどんどん鈍くなってきているように感じます。

ある時、とてもしっかりしていて賢そうな小学生の男の子が顔に傷をつくっていたので、どうしたのかと思って聞いてみると、単に転んだのだといいます。
どうも転ぶときに咄嗟に手が出なかったために、顔から転んで怪我をしたようなのです。

私たち大人から見れば、転ぶときには咄嗟に手をつくのは当たり前のことだと思うのですが、今の子供たちはそのような当たり前のことを覚える機会を逸してしまっているのかもしれません。

小さい頃から危ないもの、汚いものを親がすべて排除し、安全で清潔な空間に子供を囲ってしまっている.......
転びそうになれば「危ない!」と言って親が手を差し伸べ、子供が転ぶ前に親が先回りして転ばないようにしてやる、
またある時は、「車が来たよ!」と言って、さっと子供;を抱きかかえたり、手を引いて道路の端に連れて行く.......

確かにまだ分別のつかない赤ちゃんであればそうすべきところですが、ある程度の年齢の幼児になっても親が先回りして危険を回避してやっていては、子供が自身で危険を察知する能力がどんどん鈍っていくと思うのです。

勘が鋭い子供は、意外と自分の身の丈以上の危険な行為はしないものです。
例えば、少々高い所に上っても、どこまでだったら自分が上れるのか、あるいは落ちても大丈夫なのかが分かっているようで、それ以上の所には行きません。
また、遠くから来る車の音にもちゃんと気がつき、自分から危険を回避します。
ある種の「動物的な勘」が働いているのでしょう。

ところが、それを親が先回りして「危ない!」と言って抑制してしまうと、子供の持つ「動物的な勘」はどんどん鈍ってしまいます。
自分の限界を知ることもできず、すごく危険なことを危険と分からないで行動をする.......
考えてみてください。これほど危険なことはありません。

最近は、「子供の生きる力をつける」などということが学校教育の中に取り込まれているようですが、「生きる力」というのは勘を磨くところから始まると思います。
そして勘とは誰かに教えられてつくものではないですし、ましてや学校におまかせしてつく力ではないと思うのです。

普段、つい「危ない」「やめて」と言ってしまうお母さん(私もその一人ですが.....)、できるだけその言葉を使わないようにするとどうなるでしょう?
子供が転ぶかもしれないし、高い所から落ちるかもしれない.......?
でも、それも上手な転び方、落ち方を覚える良い機会なのかもしれませんよ。



●私の子育て●
 2004/06/15

子育てを応援します!などと言うと、私自身がどんなにしっかり子育てをしているかと思われるかもしれませんが、実は全く反対です。

特に息子が生まれてから1年ぐらいの私の子育ては、夫が出張で不在のことが多く、近所に赤ちゃんがいる家族もいなかったので、それはそれは孤独で、マンションの一室で毎日子供と2人っきりで向き合う生活に煮詰まってしまっていました。
最近の幼児虐待の温床のように言われているいわゆる「密室育児」という状況だったわけです。

本当はいけないことだと頭ではわかっているのに、ついイライラしてしまい子供に辛くあたってしまう自分がそこにはいました。
一歩間違えれば育児ノイローゼや虐待になるかもしれない、そんな精神状態と背中合わせの子育てだったのです。

と言うと、私がどんなに酷い母親なんだろうって思う方もいるでしょうね。

でも、私を知るほとんどの人はおそらく、私がこんな精神状態とは無縁の人だと思っているはず(?)です。
私は誰の目にもいたって普通のお母さんであり、むしろ子供は大好きな方なんですから。

普通のお母さんと精神が病んでしまうお母さんというのは、それぐらい紙一重の存在っていうことです。

子育てが大変なのも孤独なのも自分だけじゃない。
きっと誰もが心の奥底で思っていること。

もし、今子育てをする中で、やりきれない孤独感に苛まれるようなことがあったら、内にこもらせてしまわずに、「寂しい!」「助けてー!」ってどんどん声を出して言っていいんじゃないかな。

私自身も日々「あー大変。みんなも子育て大変じゃない?どうしたら自分がもっと楽になるのかなぁ?」と思い続けてきたので、そんな母親の一人として、あなたの声も聞きたいし、いろいろ語り合いたいなぁと思っています。




オムツはずしは頑張ってやるものではない
 2004/05

2歳9ヶ月の息子は未だトイレで用をたせず、オムツのお世話になっています。
自分で自らトイレに行こうという意志はまったく無く、トイレに寄り付こうともしません。

最近ようやく、何とか便器に座らせることまではできるようになり一歩進みましたが、便器に座ったきり、あちこちを触って遊びだしてしまい、どうしてもオシッコがでてきません。

「出るとカッコイイね。ほら、やってみよう。 シーーーッ!シーーーッ!」

「シーーーッ!」と言い続けながらトイレに座らせて30分近く粘ったこともありましたが一向に出る気配はなく、こっちの方がヘトヘトです。
しかも「シーーーッ!」と言う親の姿が可笑しいらしくて笑い転げる始末。
こっちが馬鹿にされているようで、ふざける息子にだんだん腹が立ってきたりもします。

しかし後になって、子供のオシッコが出ないのは心理学的には当然のことだと分かりました。
親が排尿させようとする緊張のため、子供は頑張って出そうとしているものが放たれないでいるのだそうです。
言われてみれば確かに人にジーっと見られた状態では、緊張して出るものも出ないですよね。

心理学者フロイトは、子供のこの時期を「肛門気」と名づけたそうです。
母親が排尿のしつけを行う時に緊張感が伴っていることで、子供は便器でオシッコをすることができない。
でも、便器を外した瞬間、その緊張が解かれて便器のないところでオシッコが出てしまう。
これは、この時期の子供であればごく自然のことなので、ここで叱ってはいけないんですって。

便器のないところでオシッコをした子供を叱ってしまうと、便器に座らされるたびに緊張するようになって、かえってオシッコが出ない→便器を外した後に放尿する、という失敗を繰り返すことになってしまうそうです。

トイレトレーニングは、いかに子供がリラックスして臨める環境かどうかが大事なようです。
横から「出るかな。シーーーッ!」と言うのは、もってのほか。
子供が安心できるように「お母さんが見ててあげるね」ぐらいにとどめておき、失敗しても叱らないがポイントなんですね。


さて、このことに気がついて実践してみた我が家では、また一つ進歩がありました。

あれだけ粘ってもオシッコが出なかった息子が、便器に座ってオシッコをするようになったのです。

オムツはずしは頑張ってしつけるものではないのですね。
個人差はあっても、いつかは必ずできるようになるものです。
我が家もまだまだ道のりは長そうですが、焦らず、ゆとりをもって、見守っていこうと思います。